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福岡家庭裁判所大牟田支部 昭和45年(家)60号 審判 1970年6月17日

申立人 岩永ナツ(仮名) 外二名

相手方 岩永明(仮名)

主文

遺言者岩永栄の遺言執行者岩永明を解任する。

理由

申立人代理人は、本位的に、遺言者亡岩永栄の遺言執行者岩永明を解任する。予備的に、右遺言執行者岩永明の職務を停止し、これに代行する者を選任する。との審判を求め、その申立の実情として述べた要旨は次の通りである。

一  申立人岩永ナツは遺言者岩永栄の妻であり、同岩永誠はその長男、同筒井昌子はその四女である。

二  岩永栄は、昭和二二年五月二日、公正証書による遺言(福岡地方裁判所所属公証人河野已太郎作成第四三三一九号)をなし、昭和二二年八月五日、本籍地たる大牟田市において死亡したので、遺言の効力が発生した。

三  相手方岩永明がその遺言執行者に指定されており、同人は遺言者岩永栄の二女里香(以下二女とのみ指称する)の夫である。

四  遺言の内容は、遺言者栄の現住所有家屋及びその所有不動産約三〇〇筆位を妻ナツ、二男正(今は沢田姓)、四女昌子(申立人)、五女邦子の四名に贈与すると言う趣旨のものである。

五  岩永明は、栄が遺言する際立会つていたので、自己が遺言執行者に指定されていたことは知つていたのであるから、遺言者が死亡後、遅滞なく遺贈財産について財産目録を調製してこれを相続人に交付し相続人は遺贈目的財産の処分やその他遺言の執行を妨ぐべき行為をしてはならないことを警告し、且つ遺贈財産を管理し、受遺者等に所有権移転登記手続をなすべき権利義務があるに拘らず、その任務を怠るのみか、遺言のあることすら相続人に知らせず、約二〇年の永きに亘りこれを故意に隠匿して遺言公正証書を出さずに遺言者の意思を無視した。

六  岩永明は、当時、民法応急措置法により諸子均分相続制が採用されたことを知つて、自分の妻が遺言者の二女であつて法律上相続人になつたが、受遺者になつていないところから、遺言を反古にすれば当然平等に相続権を主張させることができるとの意図のもとに、幸い、自分以外には遺言の存在、その内容を知る者がないことを奇貨として故意に放置隠匿したものである。そのことは次の事実によつても明らかである。

(イ)  昭和四一年(家イ)第八四号遺産分割調停申立事件で、二女が均分相続を要求して調停申立している。

(ロ)  右調停申立の直前たる昭和四一年一〇月ごろ、遺言の存在を知らない申立人誠が、遺贈物件の一部を三森ひでに売却するや、右二女はその代金の分配を要求し、拒絶されるや紛争が激化し、右申立をなしたが、このことは二女の夫たる岩永明に前記の意図のあることを推測せしめるに十分である。

(ハ)  二男正が頼んだ仲介人串田新助の仲介案に対しても、二女をして均等分以上の要求をなさしめて紛争を激化させている。

(ニ)  本件遺言書の顕出も右調停の第一回期日に、これ以上隠匿しきれずと察して漸く之を顕出公表した。

(ホ)  明は申立人等に対し口頭文書にて悪口雑言を言つている。

七  遺言執行者明は、前記の外、執行者としてあるまじき背信行為がある。即ち

(イ)  岩永明は、昭和二四、五年頃、薪の販売をしていたが、遺贈山林から他の相続人に無断で採取していた。

(ロ)  同人は、昭和二九年四月一四日、遺贈山林一筆を勝手に藤田ミヨに代金六七、〇〇〇円で売却してその代金を着服している。

(ハ)  遺産分割が紛争して後も、同人は遺贈物件中の柿の実を勝手に採取している。

八  岩永明は公正なる遺言執行者とは言えない事実がある。即ち、昭和四一年頃から相続人間において相続財産分割について紛争を生じたが、相続人としては母ナツ、長男誠、二男正、二女、四女昌子、五女邦子の六人であつて、受遺者は母ナツ、二男正、四女昌子、五女邦子の四人で、長男誠と二女は受遺者ではないのである。遺言執行者明は、自己の妻たる右二女が受遺者でないのに、本件遺言を隠匿して均分相続を主張させ、且つ二男正を拘き込んで二女と二男正をぐるにさせ、その他の相続人と対立させて、自らは自己の妻たる二女と二男正のみの利益代表者の如き言動をとり、相続人間の抗争を激化させるのみである。そのことは次の事実によつても明らかである。即ち、

相続人間では、遺言の存在内容が判明した後は家事調停の場において円満に解決すべく話合が進行していた。昭和四三年四月二六日には、遺贈物件は受遺者四名にて分割し、その他の物件は受遺者でない長男誠と二女において分割する。旨の調停が成立し、その後、審判事件に移行し、受遺者間においては、事実上調停の形で進行され、昭和四四年一月二四日の期日において遺贈物件中残存分の分割を希望する旨の話合いが出来、昭和四四年三月一四日の期日においては、(イ)、遺産目録中残存分について分割する。(ロ)、相続開始後、売却分、開墾地買収された分、農地買収分、その他処分した分については、売得金の分割その他処分の效力の有無等一切を不問にする。(ハ)、残存部分の分割については、現物を分割し、その分割をなすについては、受遺者の中には現地を十分知つている者は居ないので、基礎的資料として現地をよく知つた第三者において分割案を作成することに異議がない旨の話合い合意が成立して、遺贈物件についての分割の話合いも円満に解決しつつあつた。

ところが、遺言執行者明は、受遺者たる二男正と意を通じて、分割の話合いに容喙介入して、折角円満解決の兆がみえてきたのに又抗争を再発させ、しかも、長男誠の勤務先宛にハガキで大攻勢を前にして云々と不穏な文書を掲げていやがらせをし、又受遺者間での既に処分した遺贈物件については一切不問にする、との成立した合意を故意に無視して、円満に解決している合意を潰さんとして、掩護射撃と称して、遺言執行者の権限を乱用して、既に売却ずみである畑と山林について、買受人である三森ひでを相手として、この売買は遺言執行者の関与しない処分行為であるから無効だとして、所有権移転登記抹消登記手続の訴を提起して、善意の第三者を困却させ、しかも、自己が提示した分割案を呑むならば右訴は取下げると言つて、自己の分割案を強制しようとしている。

そして、その意図を同人の妻たる二女及び受遺者たる二男正も受けて、これまでの円満解決の話合いもひるがえさせて、相続人間の抗争をむし返し、且つ激化させ、今では、右明は自己の妻と二男正の利益代表者の如き振舞いをし、相続人間の抗争は益々深まる一方である。

又最近では、右明は、受遺者等の合意を無視して、権限を乱用して、前の三森ひでに対すると同じ趣旨で、善意の不動産買受人たる山形鉄男に対し前と同じ趣旨の訴を提起し、相続人ないし受遺者等を困らせている。

九  以上の如く遺言執行者明の行為は、受遺者に対して背信行為であり、且つ公正な遺言執行者としての行為でない。又、同人が遺言執行者として居る限り円満な遺産分割の話合いは望むべくもなく、以上の各事由は解任の正当事由に当るから、右遺言執行者の解任を求めるか、若しこれができない時は同人の職務を一時停止してこれに代行する者の選任を求めるため本申立に及ぶ。

と言うのである。

当裁判所における被審人等の陳述の結果、一件記録によれば、申立の実情の要旨の一、二、三、四、八の事実のほか、右明は、今日に至るも財産目録の調製、遺贈物件の分割をしていないこと、申立人等は右遺言の効力が発生した頃は、遺言者が公正証書遺言をなし、遺言執行者に岩永明が指定されていることを知つていたと思われること、右明が遺贈物件の目録を作成しなかつたのは、遺言公正証書謄本が申立人ナツ方に保管されておつて、遺贈物件は不動産約三〇〇筆あつて、之を見れば一見判明すると考えていたので改めて作らなかつたこと、遺贈物件の分割をしなかつたのは、不動産が約三〇〇筆あつてその七割位は農地法により強制買収され、実態をつかむのに困難を来し、又遺言者死亡後は、その妻たる申立人ナツが心身共にしつかりしていて、一家の中心になつて、遺贈物件も生活の必要に応じて自由に処分して生計にあてていて、旧家の態面上からも、他の容喙を心よく思わなかつた様子であつたこと等のために、右明は遺言の執行に当ることを差し控えていたこと、遺言者が本件遺言をなした主な理由は、遺言した頃は未だ旧法施行当時で家督相続の時代であつたから、遺言者は戸主であつて死亡すれば当然長男たる誠が家督相続する地位にあつたところ、右長男はその頃父たる遺言者の信用がなく、若し同人が一人で相続するとなれば、妻ナツ(長男の母)、未婚者たる四女昌子、五女邦子、戦地から未帰還者二男正、の将来の生活に不安を感じ、妻ナツの助言もあつて、相続財産の大部分に相当する不動産約三〇〇筆を右四名に贈与する遺言をなしたこと、遺言執行者たる明の妻たる二女を受遺者にしなかつたのは、同女は既に明と結婚し、且つ当時は遺言執行者の妻は受遺者になれないとの事から、ことさら受遺者にしなかつたこと、以上の事実を認めることができる。

約一年位前に正を除く受遺者等から、大体本件と似たような事由で遺言執行者解任の申立があり、それに対し当裁判所は、昭和四四年五月二日却下の審判をしたが、その頃は、当裁判所において分割の話合いも大分進行している時でもあるから、今更解任と言う波紋を作らなくとも多少のいざこざには目を蔽つて、分割の話合いを進めて之を解決した方が、結局これが根本的解決になつて当事者のためによくはなかろうかとの配慮から、右申立を却下したことは当裁判所に顕著な事実である。

しかるところ、その後の進展を見ていると、二男正と遺言執行者明とが意を通じて、他の相続人等との紛争を益々深刻激化し、右明は妻たる二女と右正の利益代表者たる如き振舞いをして、同人が介在する以上、本件遺産分割の話合いは到底出来そうにもないように思われる。そして、執行者明は、受遺者全員の意思を全然無視して、且その意思に明らかに反して、善意の第三者に対して、売却した不動産を取戻す訴訟を提起して、受遺者及び第三者を困却させる行為を敢てしているものである。この取戻し行為はその他の第三者にも及ぶ可能性はあるようである。

これ等の事情や前記認定の諸事実を考え合せると、遺言執行者は遺言が適正に執行されることを目的とし、主として全受遺者の利益を保護する任務があるものであるところ、右明は全受遺者の意思に反して事実上の利益保護の行為をせず、却て相続人間の紛争を激化させるような言動をなしているように思われる。よつてこのような遺言執行者に対してなす本件解任の申立は相当と認める。

よつて主文の通り審判する。

(家事審判官 小出吉次)

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